映画「ホビット」のオーク語を解説してみる
はじめに
この記事は トールキン Advent Calendar 2017 15日目の記事です。
テーマは「ホビット」で、映画「ホビット」シリーズに登場するオーク語の解説をしようと思います。ちょっとこじつけっぽい。今まで クズドゥル や アドゥーナイク などの記事を書いてきましたが、また言語ネタです。
オーク語とは
『追補編』や 中つ国Wikiのページ にもあるように、オークはもともと自身の言語を持たず、他の種族の言語を借用し、自分たちの好むようにねじ曲げて使っていました。オーク語は、部族ごとの方言の差異が多く、部族が違うと言葉がほとんど通じませんでした。 第三紀のオーク語には、暗黒語由来の単語が多く含まれています。暗黒語はもともとサウロンが配下の者すべてに使わせる目的で作ったものです。その目論見は失敗しましたが、オーク語には強い影響を与えました。
「ホビット」のオーク語
「ホビット」のオーク語は、映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでも言語を担当したDavid Salo氏によって作られました。Salo氏のブログでは、作成の過程、発音、方言、ほぼすべての単語リストが紹介されています。
- Unutterable words
- トールキンの暗黒語の発音
- The mind of the Dark Lord
- Salo氏のオーク語の部族ごとの方言
- Yrksk Orðabók
- 「ホビット」に登場したほぼすべての単語リスト
Salo氏のオーク語には、モリア方言、アイゼンガルド方言、モルドール方言の3つがあり、いずれも暗黒語をベースに作られています。上記のブログ記事「The mind of the Dark Lord」によると、「アイゼンガルド方言とモリア方言は、理想的には、完全に独立した言語として開発され、暗黒語とは借用語を通してだけ関係すべきです。しかし、私は締め切りに追われてズルをしました。私はそれら全部を暗黒語の子孫にしました」(筆者訳)のだそうです。アイゼンガルドへの言及があることからも「ロード・オブ・ザ・リング」当時を振り返った記事だと思われますが、「ホビット」においても暗黒語ベースという特徴は引き継がれているようです。
Salo氏のブログには、「ホビット」に登場したオーク語の台詞一覧はありませんが、ググってみると個人によって作られたものがいくつか見つかります。
- G-i-P Report: Hobbit‚s Quenya, Orkish and Khuzdûl!
- G-i-P Report: Complete dialogs in Sindarin, Khuzdûl, Orkish and Quenya (H:DoS)
- Orkish dialogue transcription and analysis (v1.04)
特に「Orkish dialogue transcription and analysis (v1.04)」は凄まじい力作です。本編開始からの経過時間、台詞を言ったキャラ、台詞内の単語ごとの意味と語形まで載っています。
オーク語の文法
ここからは、ここまで紹介した資料をもとにオーク語の文法について解説してみようと思います。
特徴
「ホビット」のオーク語は、前述のとおり暗黒語をベースに作られているため、文法的な特徴も暗黒語によく似ています。まずは、暗黒語の特徴を見てみましょう。グワイヒア氏のサイト「The Wind in Middle-earth」内の、指輪の銘の分析ページが分かりやすいです。
これを→ | Ash nazg durbatuluk | |||||
分けると→ | ash | nazg | durb | at | ul | uk |
英語に直すと→ | one | ring | rule | to | them | all |
めでたくこうなる→ | One Ring to rule them all |
(「指輪の銘 > 分析1」より引用)
このように、動詞の後ろに様々な要素がくっついて durbatuluk のような1つの単語ができるというのが、暗黒語の大きな特徴です。
「ホビット」に登場したオーク語の文も同じように分解してみましょう。
これを→ | Khozdayin… Dorguz… zuranimid | ||||||||
分けると→ | khozd | ayi | n | dorg(u) | z | zur | ani | mi | d |
英語に直すと→ | dwarf | (複数形) | the | master | my | lose | (過去形) | we | them |
めでたくこうなる→ | The Dwarves… My master… We lost them |
「あのドワーフども……ご主人、我々は奴らを見失いました」という台詞になります。どの単語も、暗黒語の動詞と同様、主要な部分の後ろにそれを修飾する様々な要素がくっついてできていることがわかります。
発音
前述のSalo氏のブログ記事「Unutterable words」によると、暗黒語の子音のうちほとんどは英語にもある音です。 [x]と[ɣ]だけが例外で、Wikipediaによると前者はドイツ語のch(日本語のハ行に近い)、後者は日本語の母音の後ろのガ行の音だそうです。
また、「Yrksk Orðabók」の単語リストで、Kで始まる単語とKhで始まる単語が別のグループになっていることから、KとKhは別の発音なのだろうと思われます。おそらく、クズドゥルのKhの発音と同じ、Kの有気音 [kʰ] でしょう。
ただ、発音が難しければ、細かいことは気にせずローマ字を読むつもりで発音してしまっても大きな問題は無いと思います。少なくとも、シンダリン(chはチャ行[tʃ]ではなくハ行[x])やクズドゥル(thはサ行[θ]ではなくタ行[tʰ])のようなおかしなことにはなりません。
名詞
では、名詞の後ろにどのような要素が付くとどのような意味になるのか見てみましょう。
複数形
名詞の後ろに ai または ayi が付くと複数形になります。 ai はそこで単語が終わる場合に、 ayi は更に別の要素が付く場合に使います。
「ホビット」に登場した例
- golgai エルフども (Elves)
- khozdayin あのドワーフども (The Dwarves)
※ gol(u)g: エルフ, khozd: ドワーフ
定冠詞
名詞の後ろに n が付くと、英語でいうところの the と同じ働きをします。この記事の中で、すでに何度か登場していますね。定冠詞が付く場合は、常に名詞の最後に付くようです。
「ホビット」に登場した例
- khozdayin あのドワーフども (The Dwarves)
被修飾語
単語の後ろに i を付けると、次の単語に修飾される単語を表せるようです。修飾する単語ではないことに注意。英語的に言うと、単語の後ろに of が付くと考えればわかりやすいかも知れません。
「ホビット」に登場した例
- Shûgi golgai エルフどものクソ (Elvish filth)
- Khobdi rani Khozd ドワーフ王の首 (Head of Dwarf King)
※ shûg: クソ, khobd: 首, ran: 王
所有格の代名詞
オーク語では「私の」「あなたの」などの、所有格の代名詞は非常にざっくりしています。単数と複数に分かれているのは一人称だけです。なんと、三人称に至っては「彼」も「彼女」も「それ」も一緒です。
複数形と同じく、後ろに他の要素が付く場合と付かない場合で違う語形になるようです。(後ろに他の要素が付く場合は、母音で終わる方の語形)
- z, za 私の
- m, mi 私達の
- g, gi, gu あなた/あなたちの
- sh, shi 彼/彼女/それ/彼ら/彼女ら/それらの
「ホビット」に登場した例
- dorguz わが主人 (My master)
- unarug 貴様の父親 (Your father)
後ろに何かが付くと形が変わる単語
オーク語の単語の中には、後ろに何かが付くと形が変わる単語がいくつか存在します。変化するときは母音が追加されたり削除されたりします。どの母音が追加・削除されるかは単語によって異なります。
「ホビット」に登場した例
- golug ⇢ golgai エルフ
- dorg ⇢ dorguz 主人
動詞
名詞の後ろにつく要素をまだ紹介しきれてはいませんが、ここで動詞の方を見てみましょう。
主語の代名詞
「私は」「あなたは」など、代名詞が主語の場合に付く要素は以下のようになっています。
- z, za 私は
- m, mi 私達は
- g, gi, gu あなた/あなたちは
- sh, shi 彼/彼女/それ/彼ら/彼女ら/それらは
見憶えがありますね・・・? そう、先ほど紹介した所有格と全く同じなのです。名詞に付けば「〇〇の」という意味になり、動詞に付けば「〇〇は」という意味になるのです。
sh, shi* は主語が代名詞ではない場合にも使われます。
「ホビット」に登場した例
- Nargiz khobdi rani Khozdil! 俺はドワーフ王の首が欲しい! (I want the head of the Dwarf King!)
- Kutmu nakhash 戦争が来る (War is coming)
※ narg: 欲しい, (i)l: 〇〇を, kutmu: 戦争, nakh: 来る
命令形・疑問形
命令形と疑問形は、オーク語にしては珍しく、単語の後ろに何かが付いたりはしません。英語と同様、動詞を原形のまま言うと命令形になるようです。疑問形の方も、英語でいう what や who のような疑問詞は付かない形のままで、イントネーションや文脈で区別するようです。
- Gorid. そいつを殺せ (Kill him.)
- Nuzdigid? 匂いがするか? (Do you smell it?)
※ gor: 殺す,(i)d: それ/それら/そいつ/そいつらを, nuzd: 匂う
時制
時制には過去形・現在形・未来形があります。過去形と未来形の動詞には、それぞれ以下の要素が後ろに付きます。
- an, ani 過去形
- ya 未来形
「ホビット」に登場した例
- Zuranimid 「我々は奴らを見失いました」(We lost them)
- Khozdayin obguryash! 「ドワーフどもが逃げるぞ!」 (The Dwarves will escape!)
形容詞と副詞
形容詞と副詞にはおもしろい特徴があるので紹介します。
- zor 難しい (hard)
- zorzor 非常に難しい (very hard)
- dur すぐに (soon)
- durdur 今すぐに (very soon)
なんと、同じ単語を重ねることで「非常に」(very) が付くのです。
最後に
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。いかがだったでしょうか。オーク語には、この記事で解説できなかった要素もいろいろありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。もし、もっとオーク語について思ったのなら、ぜひこの記事の最初のほうで紹介した資料をご覧ください。「ホビット」を観ながら「Orkish dialogue transcription and analysis (v1.04)」を見てみるのもおもしろいかも知れません。