goldarn_ringのブログ

《ネルヤ》というニャオスの指輪 (@goldarn_ring) のブログです。指輪物語の言語ネタの記事とか書きます。

Parma Eldalamberon 17ヤバイ

はじめに

仮に存在するとしての話ですが、「正しいエルフ語の文法」は日々変化します。なぜなら、トールキン自身が書いたエルフ語の一次資料はまだ全てが世に出たわけではないからです。仮にこれまで世に出た全ての一次資料と矛盾しない「正しいエルフ語の文法」を作り上げたとしても、新しく出た一次資料によってひっくり返されることがあります。

特に大きく「正しいエルフ語の文法」をひっくり返したであろう一次資料は2007年の 「Parma Eldalamberon 17: Words, Phrases and Passages in The Lord of the Rings by J.R.R. Tolkien」 (PE17) でしょう。トールキン自身によって1950年代後半から1960年代前半に書かれた、指輪物語に登場する単語や名前に関する解説です。

非常に重要な資料ですが、比較的最近(といっても10年以上前ですが)に出版されたため、これを参照している資料は非常に少ないです。
以前書いた記事 でも触れましたが、あの 「Gateway to Sindarin」 もこの資料を参照してはいません。おそらく、この記事で紹介した中では唯一 「Pedin Edhellen」 の原著のみが、この資料の内容を反映しています。

持っていない人 (私もです) にとっては、その内容は、「Pedin Edhellen」のバージョン間の違いや、この資料を引用しているWikiの記述などから間接的にしか分かりません。ただ、それで分かることだけでも、なかなか 衝撃的 です。

知られざる名前の意味

海外のWikiTolkien Gateway」から、この「PE17」を引用しているページをいくつか紹介します。

Aragorn

アラゴルン。長年にわたって彼の名前の意味は不明であるとされてきました。 中つ国Wiki にも「意味は正確には不明」と書かれています。
ですが、本当の意味は……

The name Aragorn is Sindarin, meaning "Revered King", from aran ("king") and (n)gorn ("dreaded, revered").

revereは 辞書によると 「 (畏怖の念で)あがめる,畏敬[崇敬]する」なので、「Revered King」は「畏敬される王」といったところでしょう。すごい。尊い

Thranduil

スランドゥイル。闇の森のエルフ王様。レゴラスの御父上。この御方も名前の意味は知られていませんでした。さっそく、何と書かれているか見てみましょう。

The name Thranduil means "Vigorous spring" in Sindarin, from tharan "vigorous" and tuil "spring". 

Vigorous spring…… 「活発な春」…… ほほう。

Athelas

アセラス。別名、王の葉。「レゴラス」が「緑の葉」という意味なのだから、「○○の葉」という意味なのは間違いない。しかし「王」はシンダリンでは aran とか taur とか。 athe とは一体……!? 載ってました。

Athelas is a Sindarin word, consisting of athae + lass.

athae はエルフ語の語根 ATH から派生した単語で、この語根には「楽、快適、癒し」などの意味があるそうです。

つまり、アセラスとは「癒しの葉」という意味のようです。

新しい文法

「Pedin Edhellen」は、「PE17」が出る前の版(バージョン2)と、「PE17」の内容をもとに修正された版(バージョン2.5以降)を比較できる、おそらく唯一のエルフ語関連資料です。(ただ、バージョン2の日本語訳を公開していたサイトが消滅してしまったので、バージョン2の入手は難しいかもしれません。)
内容を章ごとに比較することで、文法のどの部分がどう変わったのかが、ある程度わかるのですが、その内容もなかなかすごいです。

以下、(○○ページ) とあるのは「Pedin Edhellen」バージョン3.05(現時点での最新版)のページ番号です。

代名詞の強調形

代名詞に「強調形」という語形ができたようです。 (18ページ)
「あなたは○○です (You are ○○)」ではなく、「○○なのはあなたです (It is you who ○○)」のようなニュアンスになります。
あと、強調形は関係なしに、違う語形になった単語もあります。まずは、強調形でない代名詞がどう変わったのかを見てみましょう。

語形 日本語 旧版 新版
一人称単数 私は im ni
一人称複数 私たちは mín
二人称 (敬称) 汝 (ら) は *le le
二人称 (親称) あなた (たち) は *ce ci
三人称単数(男) 彼は e, *so ho
三人称複数(男) 彼らは *sy *hy
三人称単数(女) 彼女は e, *se he
三人称単数(女) 彼女らは *si *hi
三人称単数(もの) それは *sa ha
三人称単数(もの) それらは *sai *hai

(前に * が付いている単語は、「Pedin Edhellen」の著者Thorsten Renk氏の推測によるものです)

いろいろと変わってますね。旧版にあった、 ime はどこに行ったのでしょう。実は、これらの単語が強調形だったそうです。判明している強調形の単語は全て単数形で、以下の4つがあります。

語形 日本語 シンダリン
一人称 私は im
二人称(親称) あなたは ech
三人称 (彼/彼女/それ)は e, est

動詞の人称語尾

動詞の語尾も大きく変わっています。(22ページ)
とくに、複数形の変化は大きいです。単数形と同じ語形だった二人称が別の語形になり、一人称は除外形と包括形を区別するようになりました。

語形 日本語 旧版 新版
一人称単数 私は -n -n
一人称複数 私たちは -m -m (除外) / -nc (包括)
二人称 (敬称) 汝 (ら) は -l * -l (単数) / *-lir (複数)
二人称 (親称) あなた (たち) は -ch -g (単数) / -gir (複数)
三人称単数 (彼/彼女/それ) は - -
三人称複数 (彼/彼女/それ) らは -r -r

(前に * が付いている単語は、「Pedin Edhellen」の著者Thorsten Renk氏の推測によるものです)

除外形と包括形は聞き慣れない概念だと思うので説明します。これは、聞き手を含むかどうかの違いです。
たとえば、エルフが人間に対して「 Pedim Edhellen. (私たちはエルフ語を喋ります)」と言ったとしましょう。そのとき、そのエルフは自分の種族が喋る言語について言っているのであって、相手の人間が何語を喋るのかについては言及していません。これが除外形です。
一方、それに対して人間もエルフ語で返事をしたとしましょう。エルフは驚きながら「 Pedinc Edhellen. (私たちはエルフ語を喋ります)」と言いました。このときの「私たち」には、相手の人間も含みます。これが包括形です。

動詞の過去形

シンダリンの動詞には、大きく分けて A-動詞I-動詞 の2種類が有りますが、そのうちI-動詞 (語形の変化が複雑な方) の過去形がさらに複雑になりました。 (62ページ) 前述の人称語尾の変化と合わせると、ほとんど原形を留めないほどになります。

変化の規則は複雑すぎるのでここでは説明しませんが、 had- (投げる) という動詞を例に、変化を比較してみましょう。

意味 旧版 新版
私は投げた hennin echennin
私たちは投げた hennim echennim
あなたは投げた hennich echennig
あなたたちは投げた hennich echennigir
(彼/彼女) は投げた hant achant
(彼/彼女) らは投げた hennir echennir

なんだこれ・・・。なんだこれ。

二つのお知らせ

良いお知らせと悪いお知らせがあります。

良いお知らせは、「PE17」の内容を参照した文法紹介が 英語版WikipediaのSindarinの記事 にもあるということです。 悪いお知らせは、その内容に「Pedin Edhellen」と食い違いがあるということです。一人称複数形の 除外形と包括形が逆 だっだり……。なんてこった! どっちが正しいんだ? 確認しようにも「PE17」は絶版だ!

最後に

クレジット

この記事はTolkien Writing Dayの参加記事です。
http://bagend.me/writing-day/

筆者: ネルヤ(@goldarn_ring)

2018/04/08